『医人の夢』
命を救うはずの場所で、僕は「重い現実」を見た―
映画『廃用身』原作者が贈る、「正しさ」を問いなおす物語。
医学部受験のため猛勉強中の高校二年生・医人(いひと)。
同級生の父親が喉頭がん治療中に急死し、医療ミスではないかとの話が持ち上がる。
事実を探るべく、主治医、親戚の麻酔科医、各科の専門医、新聞記者と対話し、「病気を治して人の役に立つ」というきれいごとだけでは説明できない医療の重い現実を知る。
「医者になりたい」高校生×医療ミステリー。

『廃用身』で衝撃の作家デビューをされた久坂部羊さんの新作。
ちくまプリマー新書ということで学術的な内容を想像していたのですが、稀に見る「新書でありながら中身は小説」作品でした。
高校生たちの瑞々しい感性が「医療ミス」の疑いと、「医療否定本」のブームの中で揺れ動く物語で、読者も医療について考えさせられ、揺さぶられます。
『「がん健診ではがんの死亡率が下がらないとか、検査で受ける放射線でがんが発生する割合は、世界中で日本がダントツに高いとか、人間ドックを熱心にやっているのは日本だけだとかも書いてあったんですけど、そうなんですか」
「たしかに、日本人の健康志向は異常だからな。
人間ドックなんて言葉は日本にしかないし、日本ほどうるさく企業に健康診断を義務づけている国もない。
検査被曝でがんになる割合が日本がダントツというのは、オックスフォードかどこかの研究だろ。
いっとき話題になったが、いつの間にか沙汰止みになったな。
日本人は原発事故の放射線もれにはとびきり神経質なのに、検査で浴びる放射線には呆れるほど無頓着なんだ」
黒崎は歩みを止めず、独り言のようにつぶやく。
「じゃあ、製薬会社が医者と結託して、正常値を厳しくして、薬の売上げを増やしているというのはどうですか」
「降圧剤とか、糖尿病の薬とか、コレステロールを下げる薬はその通りだな。あとは気休めに処方する精神安定剤とか、ビタミン剤もそうだ。
未だに風邪の患者に無用の抗生剤を出す医者もいるし」』
健康診断については、思うところのあるお医者さまも少なからずいらっしゃるのだろうと感じました。
作中に「知らぬが仏」という言葉が登場しますが、その点に反して、早期発見のメリットと、行き過ぎない健康志向を保つことのメリット、そのどちらも確かに存在するのだろうなとか・・・ぐるぐる。
『「医者になろうとする者の中には、子どものころに病気を治してもらったとか、医者が家族を救ってくれたとか、君のように病気の心配を減らすために医学部を目指す者もいる。
あるいは、病気に苦しむ人を救いたいとか、がんで死ぬ人を減らしたいとかいうような理想を抱いて医者になろうとする者もいるだろう。
逆に単に親が医者だとか、勉強ができるからとか、社会的エリートになれるからという理由で、医者の肩書きを求める者もいる。
そんな陽の当たる場面ばかり思い描いて医者になったら、すぐに挫折して、やる気のない医者になったり、金儲けに走る医者や、楽をすることばかり考える医者になったりする。
医者になるなら、医療の陰の部分をあらかじめ知っておくことが大事なんだ。
治らない病気や、治療の不確実性、患者を練習台や実験台にせざるを得ない状況、身勝手な患者とか、哀れすぎる患者、死にゆく患者と向き合うつらさや、無念の思いで看取る死。
医療にはそんな世間から隠された暗くて重い現実があることを知っておくことが、ほんとうの意味でいい医者になるための心の準備になるんだ」』
世間からは知りえない、医療業界の闇・・・矛盾。
理想を掲げて医師になっても、希望と感謝ばかりの現場ではない。寧ろそんなことは稀である。
病気になれば人間の真の姿が露呈する。
絶望や焦り、なぜ自分がという怒りをお医者さんに向ける患者だって大勢いるのでしょう。
医療の現場で働かれているみなさまに頭が上がりません。
抗がん剤治療によってがんが本質的には治るということはない、それはただの延命行為である―だとか、読んでいて初めて知る事実も。
無闇に読者の不安を煽るだけの医療否定本はいただけませんが、そこに一欠片の事実が含まれていることもまた事実であって、今回あらためてその点に気づかされたのは有意義でした。
新薬の現場での使用データ(実験)に関する話や、感謝されにくい麻酔科の話、訴訟の問題の話など―
久坂部さんが日頃、現場で闘われ葛藤されていることがとてもよくわかる作品でした。
#医人の夢
#久坂部羊
紋佳🐻










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