『コーヒーにミルクを入れるような愛』
ふたり暮らし。
書くこと。
前を見て進むこと。
日々の手ざわりがあざやかな言葉に変わる。
ロングセラー『わたしを空腹にしないほうがいい』『うたうおばけ』『虎のたましい人魚の涙』『桃を煮るひと』に続く、注目作家の最新エッセイ集。

『仕事を辞めてもう一年経つというのに、わたしは未だ、性懲りもなく勤め人だったときの自分の姿に縋っているのだった。
作家だって社会にとって必要な仕事だと言い聞かせながら、それでも仕事着を身にまとう自分が恋しかった。
お客様と仕事じゃないような談笑をしたり、理不尽を引き受けたり、遠くまで車を走らせたりする。
その日々のわたしのことをやたら輝かせて思い出すことがとても増えたわたしは、企画書も売り上げ票も出さなくてよくなったさみしさを埋めるように、前の仕事相手と遅くまで飲んでばかりいた。』
どうしてこんなにも的確に自分のきもちや考えを活字にできるのだろう・・・!
くどうれいんさんの文章を読む度に思います。
『三階に戻るエレベーターの中で「どうして高いところが苦手なの?さつき大丈夫そうだったけど」と尋ねると、
「飛び降りたくなっちゃうからね」
とミドリは笑った。(略)
いままで聞いた高所恐怖症の話の中でいちばん怖かった。
怖すぎておもしろくて笑ってしまった。
高所恐怖症ってバンジージャンプが絶対に出来ないひとのことだと思っていたのに、飛び降りたくなりそうだから高いところがだめなひとがいるなんて。』
この感覚・・・ああわかる。
私は飛び降りたくなっちゃう感覚が楽しくて、高いところが好き(危険)。
大抵の場所は、飛び降りることが出来ないようになっているから手放しでたのしめる。
そういう安心感の中で味わう恐怖は心を麻痺させ、生きているときの不安や苦しみから解放してくれる。
だから高いところがすき。
私も自分の手にコンプレックスがあります。
ごつごつしていて大きくて、皺が深くて、男性のような手だから。
だからくどうさんも手にコンプレックスがあると知りうれしい。
そんなしたくもない手の話を振られた延長で、こんなやり取りがあったのに痺れました。
『「どうぞ」
とわたしは枝付きレーズンの入った小皿をお兄さんのほうに寄せた。
好意のつもりではないです、と示すために、なるべくうんざりした顔で。
いいんですか、と言いながら既に摘まもうとするお兄さんの指が、伸びてくる。
それが、はっとするほど美しかった。
爪のかたちから手首までの造形が、なんというか非常に合理的な感じがした。
綺麗、というのとは少し違う。
きちんと労働者の手で、しかし、思いやりと知性のあるような指のかたちで、とにかくセクシーで、ぐっときた。
これからさらなる大間になる幹の、頼りがいのある枝のような、しなやかで青い手だった。
「手、きれいですね」
と、わたしは言っていた。
自然に口からそう出た。
「そうですか」
とお兄さんは言った。
そして、「あなたがそう思うなら、きれいなんだと思います」と言って笑った。
言われ慣れているんだろうと思ったし、それでよかった。』
ここ・・・!堪りませんでした。
なんなの、ドラマなの!?
こんなお洒落な会話を、バーカウンターでしてみたい人生でした。
たった2行のあとがき。
あとがき
『黙る代わりに、書く。
かたちに残すってことがいったいどういうことなのか、考えていたらほうれん草を茹ですぎた。
二〇二四年二月
くどうれいん』
あとがきまで洒落ています。
高校時代の思い出から、入籍された日のことまで―
れいんさんの人生の節目や日々の出来事を追いながら、まるでその隣に立ち会わせていただいているような親近感を覚えるエッセイ集。
れいんさんが「その瞬間」を生きているからこそ生まれる飾らない言葉に、日常を生きることを教わるのでした。
#コーヒーにミルクを入れるような愛
#くどうれいん
紋佳🐻









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