『自分の感受性くらい』


もっとも人気のある詩人の、もっとも有名な詩集。

なかでも突出した人気を誇る表題作は、自分で考え続けること、自立した知性を磨き続けることの大切さをうたい、そのメッセージ性の強い言葉は、自分自身への問いかけとして多くの読者の共感をよび、やすきに流れる心を戒めてきた。

現代詩の枠をこえた感動の名著。
(解説=伊藤比呂美)


旅先(えほんやさん)で購入したうちの1冊。

オノマトペ・リズム・型―

茨木のり子さんが時代をこえて愛され続けているのは、確立された世界観と、お人柄(つよさとしなやかさ)と読者への愛ゆえだと思う。

特にオノマトペが最高ですね。

団扇が「はたり はたり」、波の音が「チャルサー チャルサー」・・・

凝り固まった頭がほぐされていくのを感じます。


伊藤比呂美さんの解説がとても良かった。

『ここまで見てきた茨木のり子の詩とは、こんなふうだ。
七五をときどき入れて、調子を整えたかと思うとすぐはずす。
日本語の語感にのっとってオノマトペを使いながら、人々と共有する感覚から少しはずす。
口承芸の語り物の口調を入れながら、やっぱりはずす。
それらは茨木さんが、日本語の詩歌のどんなリズムにもどんな型にも「寄りかからず」につくりあげてきた、茨木のり子の詩としか名前のついていない詩のリズムであり、型なのだ。
茨木のり子という人には会ったことはないが、なんとなく浮かびあがってくるのはしまっとうな人、人にはちゃんと関わり、親切にする人。
でも肝心のところでは、一人でいたい人。
他人のつくった、あるいはお国のつくったルールには、まあ従うけれども、ほんとは従いたくない人。
ここと決めたら、勇敢にそむくことのできる人。』

そう、本当にそう。

だから詩への信頼感がちがう。


『むうちゃんや!
いくじなしはいくじなしのままでいいの
泣きたきゃ泣けよ
意気地なしの勤さを貫くことのほうが
この国でははるかに難しいんだから』(「夏の声」より)

『ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもがひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ』(「自分の感受性くらい」)

こちらに真正面から対峙してぐいっと胸ぐらを掴んでくるような迫力。

本から、文字から、目が逸らせなくなる感じ。

ああいまの私に必要だったのは、茨木さんの詩だったのか。

自分を大切にすることと、自分を甘やかすことは違うのだと、ぴしりと背中を打たれたような痺れ。

痺れを忘れたころに、また本を開こうと誓って。


#自分の感受性くらい

#茨木のり子


紋佳🐻

読書