『大草原の小さな農家』


オーストリアでの暮らしを始めて、早十年。

静寂と自由を求めて、さらなる田舎への引越しを決意。

ようやく見つけたのは、築百三十年の農家を改装した小さな家。

枯れた老木を撤去したり、果樹を植えたり、リノベーションをしたり。

不便さを楽しみながら、豊かな自然と共に暮らす。

自分の居場所を整える傍らで、日々の思いを綴ったささやかなエッセイ。


中谷美紀さんの文章がすき。

ただのエッセイじゃないんです。

そこに渦巻くあらゆる感情と爆発的なエネルギーが広い視野で捉えられ、上品なことばで綴られている。

最高にかっこいい大人だなと、尊敬する女優さんのひとり。


『(略)ウクライナの自宅が爆撃に遭い、屋根に穴が空いてしまったり、哀しいことに息子さんが頭部に被弾して病院で寝たきりになったりしているというから、つい同情して、いつでも仕事ができるようにと鍵を渡したくなるのだけれど、「彼女は本当にいい人だけれど、街中に溢れるウクライナナンバーの高級車を見てご覧。(略)
あの戦争が始まって以来、確かに街はあからさまな高級車で溢れ、昔ながらの伝統的で控えめな富裕層が多いウィーンの街に似つかわしくないギラギラした富裕層が増えたのは、ウクライナから避難してきたオリガルヒやマフィアの存在によるものらしい。
ウクライナでは戦力になる男性の国外退出を禁じているけれど、オリガルヒやマフィアとおぼしき人々は、早々に国境管察へ袖の下を支払って、近隣諸国に逃げおおせた訳だ。
高級車を我が物顔で乗り回し、毛皮のコートに身を包み、新作バッグやジュエリーを日替わりで身につけるウクライナ人が街の高級レストランで優雅に食事を楽しむ一方で、もう母国で暮らすことはできないと、万が一終戦となってもオーストリアで慎ましく暮らすことを決意し、我が家で掃除に精を出すウクライナ人もいる。』

『ドイツ政府も苦境に立たされている。
600万人を虐殺したホロコーストの贖罪として、ユダヤ人への補償を拡充してきたこともあり、この度のガザでの戦争でも、ハマスからのテロの直後に、いち早くイスラエルへの連帯を示したものの、度を超した報復攻撃には頭を抱えているはずである。
ネタニヤフ政権が行っていることは、民間人を犠牲にした無慈悲なジェノサイドで、国際社会から非難を浴びてしかるべきものである。
しかし、ドイツが支援をしなければ、イスラエル側から「やはり未だにナチの国だ」と責め立てられるだろうし、このまま支援を続ければ、「大量殺戮を支援するのか」と、国内外からののしられる。
いずれの立場でも批判を受けることは必至で、八方塞がりとなった首脳陣の苦慮する姿が容易に想像できる。(略)
したがって、ユダヤ人の友人とドイツ人の夫を持ち、ヒトラーが生まれ、ナチスに併合された国で暮らす者としては、いかなる戦争にも反対の立場ではあるけれど、ユダヤ人であるというだけで、街中で命の危機にさらされる可能性のある友人のことを思うと、Cをはじめとするユダヤ系の友人、知人たちも閲覧しているInstagram にて、舌鋒鋭くイスラエルを批判し、ユダヤ人憎悪に加担することは、どうしてもはばかられるのだ。』

ウィーンフィルに所属するドイツ人の夫を持ち、オーストリアで暮らしている女優・中谷美紀さん。

世界中を飛び回り、華やかに見えるその暮らしの裏で、過去に起きた惨劇のことや現在進行形である戦争の影響について直に実感したり、悩みながら生きられているのが痛切に伝わってきました。


『フランスには、フレンチアルプスやピレネー山脈といった山もあり、大西洋に地中海もあるため、バカンスを自国で過ごす人が多い。
そのため、英語で会話をする必要がなかったと思われ、20年ほど前までは、カフェでも英語で話しかけると無視をされることも多かった。
現在では、移民も増えたのと同時に観光客も爆発的に増え、世代交代が進んだこともあり、英語を話せる人口が格段に増えた。
外国人が過ごしやすい環境になった一方で、極右政党が支持を得るなど、人々の肌感覚と実際の有権者との間にパラドックスが生じている。』

そんな時代の変化を、外国で感じることができるなんて、凄い。

華やかな舞踏会の様子から異文化や世界史に触れることができたり、

継娘Jちゃんとの交流を通して母心を感じられたり、

日本の伝統工芸の未来について真剣に考えるきっかけをくださったり―

戦争、難民、移民、制度、言語、経済、歴史・・・

さまざまな困難を正面から抱きしめられるつよい人だなと改めて感じました。


『何と奥深く、示唆に満ちた作劇だろう。
かようにオペラは非日常と日常の間を常に揺らいでいる。
私たち聴衆につかの間の夢を見せる傍らで、人間の愚かさを鏡のように映し出し、残酷かつ美しい人生の真理を突きつけるのだ。』

最後の一節は、芸術の価値、在り方に言及しているようで、時折無力感に苛まれる芸能に携わる者として勇気づけられるのでした。

低気圧に負け、毎日頭痛薬を飲んでいた時期にこの本を開き、
知的で品のある中谷さんの文章に、ただただ脳が癒されたひと時でした。


#大草原の小さな農家

#中谷美紀


紋佳🐻

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