『鈍色幻視行』
謎と秘密を乗せて、今、長い航海が始まる。
撮影中の事故により三たび映像化が頓挫した“呪われた”小説『夜果つるところ』と、その著者・飯合梓の謎を追う小説家の蕗谷梢は、関係者が一堂に会するクルーズ旅行に夫・雅春とともに参加した。
船上では、映画監督の角替、映画プロデューサーの進藤、編集者の島崎、漫画家ユニット・真鍋姉妹など、『夜果つるところ』にひとかたならぬ思いを持つ面々が、梢の取材に応えて語り出す。
次々と現れる新事実と新解釈。
旅の半ば、『夜果つるところ』を読み返した梢は、ある違和感を覚えて―
作中作『夜果つるところ』の方が、1ヶ月後に出版されていたので、(しまった、読む順番逆だった!)と思っていたのですが、結論としては、「先に読んでおいて正解」でした。
『夜果つるところ』に関するネタバレを喰らわずに済むし、登場人物たちの作品に関する話に、ずっとついていけます。
『自分の世界を壊されたくない。自分だけのものだと思っていた世界が、違う形のものになってしまうのが恐ろしい。ましてや、映像作品になって、それが一人歩きしてしまうのなんて耐えられない。
その恐怖って、映像化するほうの人って、あまり分からないんですよね。
みんな無条件に、映像化するのはいいことだし、宣伝にもなるんだからって思ってるから。』
『知り合いのミステリ作家で、何度もドラマ化されている人が自嘲気味に言っていたのを思い出す。あれって、設定だけが欲しいんだよね。今って、原作がないと企画が通らないから、原作があるんだってことを上に証明したいだけなの。』
原作者の叫びが聞こえてきます。
ちょうど問題になったタイミングで読み始めたので、余計に、苦しくなりました。
『テーマは愛です。テーマは癒しです。
そんなこと、実作者が自分で言ってどうするのよ。
だけど、世間は作者に要約させたがるのよね。
つまり、どういう話なんですか?どういうつもりで書いたんですか?テーマはなんですか?
そんなの、読んだ人が好きに決めてくださいよ、一言で片付けられないからこれだけの長さのものを書いたんだから、って言いたいわね。』
『結局、人は自分が読みたいようにしか読まない。逆に言うと、自分の知識と経験の範囲内でしか読めない。
だから、皆が同じテキストを読んでいても、必ずしも同じものを読んでいるわけじゃない。』
『あまりにハッピーで終わらせればリアリティがないと言われ、思わせぶりに終わらせれば、ああ、続編の予定があるのね、と言われる。
投げ出すように終わらせれば、何か裏でトラブルがあったのかしら、と疑われ、広告とのタイアップの有り無し、版元の懐具合や作者の健康状態など、誰もが勝手に深読みをする。』
そのメッセージ性たるや、恩田さんの魂の叫びが込められているようで。
何度も心が震える体験をしました。
中でも最も好きだったのがこちら。
『理解していなくても、愛することはできますよ。その逆もしかり、ですけど』
愛していても、理解できていないこともある。
愛せないけど、理解はできる。
愛されず、理解もされない孤独の、なんと苦しいことか。
暫く頭から離れません。
650頁を超える、持っていると手首が腱鞘炎になりそうな大作。
しかも恩田陸さんの。
読みきったと、読了後は達成感を感じずにいられない一冊です。
紋佳🐻
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