『あなたはここにいなくとも』


ほどいてつないで、私はもう一度踏み出せる。
出会いも別れも愛おしくなる物語。

恋人に紹介できない家族、会社でのいじめによる対人恐怖、人間関係をリセットしたくなる衝動、わきまえていたはずだった不倫、ずっと側にいると思っていた幼馴染との別れ―

いまは人生の迷子になってしまったけれど、あなたの道しるべは、ほら、ここに。

もつれた心を解きほぐす、ぬくもりに満ちた全五篇。


まさか、読み始めて40ページで、涙があふれるなんて。

心の準備してません、そのこさんっ!


冒頭から一気に惹き込まれて、ぐんぐん読めてしまう、この町田さんマジック。

町田さんの文章って、1文1文がとても短くてすっきりしていて。

細かく味付けしたいときには、文章の長さじゃなくて、文章の数(言い換えや、繰り返し)で調整されている印象があります。

だから、テンポよく読み進められる。

もちろん内容があって、だけれど、多くの人に愛されている理由が、そこにもある気がします。


『ゆで汁は真っ黒になり、灰汁の泡が膜を張っていた。おたまでそれを掬う。(略)
泡はいくらでも湧いてくる。黒い煮汁から、どんどん。』

不倫相手、その奥さん・・・との関係を反芻しつつ、お鍋のお湯を入れ替えたりするうちに、だんだんと煮汁が澄んでいく、その時間経過の表現力。

ああ、すきです。


最後の短編『先を生くひと』っていうタイトルがまた、良い。

「いく」で書く漢字はいくつかあるけど、『生く』は生まれて初めて見ました。

最高すぎる。


ものや縁を手放しても、たいせつな思い出や感情は、いつまでも心のなかに残り続ける。

どのお話にも、そんなメッセージが込められていて、読み終えたあと、奥付にあるタイトルを見返し、(ああ、なるほど・・・)と、しみじみ。


あたたかく大きなものに、やさしく抱きしめられたかのような、この安堵感。

町田さんに救われる人が、どれだけいることでしょうか。


紋佳🐻

読書