『針と糸』


ひと針、ひと針、他愛のない日々が紡ぎ出す〈希望の物語〉 人生が愛おしくなる珠玉のエッセイ、待望の文庫化!

ベルリン、ラトビア、モンゴル、鎌倉…… 転がり込んだ見知らぬ土地で変化する、幸せの尺度。

母親との確執を乗り越え辿りついた、書くことの原点。

デビュー10年の節目、赤裸々に綴られた人気作家の素顔。

もくじ
第一章 日曜日の静けさ
第二章 母のこと
第三章 お金をかけずに幸せになる
第四章 わが家の味
第五章 双六人生


『欲しいものがないわけでは決してないのだが、価値観が変わるというか、消費することにあまり関心がなくなるのだ。
自分の尺度で幸せをはかろうとするからかもしれない。』

ベルリナー(ベルリンで暮らす人々)の、想像力豊かにものをたいせつにする姿、倹約的な暮らしぶりのエピソードの数々に、尊敬の念を抱きました。

衣食住でいうなら、『住』が最も大切なドイツの価値観に対して、同じ陸続きでも、
イタリアは『衣』、フランスは『食』に重きを置くお国柄。

言葉も違えば、価値観も違うご近所同士。
面白いですね。


『半年ぶりに、日本に帰国した。
日本にいて強く感じるのは、消費を促すあの手この手の巧みさである。
まるで、お金を払わなければ幸福が得られないと信じ込まさているかのようだ。』

日本の消費社会に疲れてきたら、そんな「いかにお金を使わずに幸せになるか」が定着しているベルリナーたちを思い出そうと思います。


さまざまな異文化が綴られる中で、特に印象的だったのは、「つまずきの石」と呼ばれる、歩道に埋められた金属プレートの話。

『プレートは縦横十センチほどで、その表面には、人の名前と生年、死亡年、亡くなった場所が記されている。ナチス政権によって殺された人たちで、その人がかつて住んでいたアパートの前の歩道に、埋められているのだ。
時には六人分ほどのプレートがまとまって並んでいることもある。』

『だから、こうしてドイツに身を置いてみると、戦争があったことを思い出す、という行為すら、感覚的にちょっとずれているように感じる。
戦争の記録と記憶は常に日常生活の目に触れる場所にあるから、うっかりそのことを忘れてしまうという隙間がない。』

『なんでも残しておくドイツと、水に流す文化の日本。本当に対照的なのである。』

水に流す文化も、ずっと忘れずにいる文化も、どちらがいいということではなくて、それぞれの国民性として尊重し合いたい、そう思う私です。


紋佳🐻

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