『とりつくしま』
死んでしまったあと、モノになって大切な人の近くにいられるとしたら・・・あなたは何になりますか?
亡くなった人に、「とりつくしま係」が問いかける。
この世に未練はありませんか。
あるなら、なにかモノになって戻ることができますよ、と。
日記になって妻の日常を見守る夫。
野球で使うロージンバックになって、ピッチャーの息子の試合を見届ける母―
すでに失われた人生が凝縮してフラッシュバックのように現れ、切なさと温かさと哀しみ、そして少しのおかしみが滲み出る短篇小説集。
『とりつくしまは、モノにとりついて、そのモノから世界を眺めることができるだけで、自分の意思で動いたり、なにかにはたらきかけたりすることは、できません』
まだ幼い男の子は、ママが会いに来てくれるからと、よく通っていた公園のジャングルジムに。
毒親の元へ帰っていく娘は、母親の補聴器に。
魂のとりついたものが、他人の手に渡っていくこともあったり。
自分も中古・リサイクル品をお迎えすることがよくあるので、そんなふうに、ものから見られていたら面白いなあと思いを馳せました。
ますますものは大切にしなければと背筋が伸びる思いです。
文庫版あとがきには、東さんのこんなコメントが。
『ほとんどの話を、ラストシーンの一言を思いついてから書きはじめました。最後の言葉は、書く、というより最初に自分の胸に、響いた、のです。そこにたどり着くまでの死者の言葉を、死者になりかわってすべて一人称で紡ぎました。』
それでかな、「青いの」のラストは泣けました。
『ママ、またきてね。みなちゃんをつれて、またきてね。ぜったいきてね。ぼく、いい子にしてるから。』
子どもの「いい子にしてるから、お願い」の切実さに胸を引き裂かれる思いでした。
泣いちゃうよ、その健気さ。
母親になってから余計に、子どもの純粋さに弱いです。
紋佳🐻
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