『地ごく』


「死んだ方がましのくせになぜ生きているのか不思議な底辺が、将来そうなるであろう若いだけの同じ底辺によって苦しめられている」と同じ団地の住民を見下す久野。

自身の惨めさを糊塗するために、現状から抜け出せない人々を定点観測するだけに飽き足らず、土井という老人を弄ぶ手段を考え、実行することに生きがいを見出していた。

ところがある日、土井から相談を持ちかけられて・・・。

表題作を含め、自らの毒に冒されたい人に向け描かれた短編集。


何度か手に取ったものの、タイミングや心の準備が整わず、実は今回、三度目のトライ。

ようやく拝読できました。


『(略)
誰かを許した経験は菜々子自身に多くあった。
愛する恋人に記念日を忘れられたのなら怒る権利も悲しむ権利もあるが、曾祖母に名前を忘れられたってそれを責めるわけにはいかないのだ。
つまり恋人は普通の健常者で、曾祖母は認知症の入った弱者であると皆が理解しているからだ。
ならばと菜々子は賭けに出た。
太陽が疾患を持って生まれてきたとしたら、太陽が今まで行ってきた乱暴な痴態に言い訳ができるのだ。
健康であってほしいと望む前に、無罪であってほしいと強く願う女であった。
そんな不謹慎でおたんちんでべっぴんな菜々子を、神様だかお医者さまだかは嘲笑った。
細貝太陽はなんの疾患も持たない健康児だったのだ。
ようするに、ただ己の性格の問題だけで愚行を繰り返す知能の低い生き物だったということが証明された。(略)
至極当然の診断結果に、若い母親は絶望するしかなかった。』


前半の『地ごく』も、そのタイトルの意味が分かるとぞっとしたのだけれど。

後半の『天獄』は、よくぞそこに着目したなと思わず感心してしまうほど、ある意味で物凄くタブーに切り込んだ内容。

ひとりの母親として胸が抉られる思いでした。


いわゆる、グレーゾーンの子どもたち。

母親は自分を責め、ママ友との交流に神経をすり減らされ(いっその事孤立していたいと思い詰めてしまうのもよく分かる)、巡り巡って子どもを愛することが出来なくなるという悪循環。

ラストは、心に暗い影を落としてくる絶望で充たされていて、安っぽい幸福で終わらないところに安堵しました。


みんな必死に生きている。

何より親が子どもから受ける影響は計り知れない。


本を閉じて、表紙をもう一度見たとき、緩やかに鳥肌が立つのを止められませんでした。


紋佳🐻

読書