『東大ファッション論集中講義』


東京大学文学部史上初の講義を書籍化!

教養としてのファッション

ファッションとは何か。
衣服とは。

12のテーマを通じて文化や芸術としてのファッションを学び、歴史と未来に問う。

東大生の反響を呼んだ一度きりの特別講義が、その熱を凝縮した一冊となってよみがえる!


この一節が、特に好きでした。

『ファッションデザイナーやアーティスティック・ディレクターと呼ばれる人びとがどれほど新奇な発想を持とうとも、それを着たい、手に入れたいと思ってくれる顧客がいなければ、ファッションは受け入れられずに滅びていきます。

アートの領域に接しつつ、しばしば境界を飛び越えるようなファッションは、その試みがシステムに内在しつつ、システム自体の問題を俎上(そじょう)に載せているからこそ評価されるのです。』


伝統的であり、政治的であり、慣習的でもある、「ファッション」という存在。

そもそもは『慣習』という意味だったものが、時代とともに『流行』といった意味で使われるように。

本来の意味として扱えば、学術的な内容として研究対象になりうるということがよく理解できました。


『(略)講義が終了してからは忙しさで忘れていたのですが、四ヶ月ほど経った時に、そういえば教科書を作りたかったんだ、と思い出しました。

しかし誰に相談するべきなのか困ってしまい、ツイッターに東大のシラバスとともに、「これ、本にならないかな・・・・・・」と気弱につぶやきました。

すると、10分もしないうちに出版社から反応があり、それから多くの方がリツイートといいねをしてくださり、みなさんのおかげで、多数の出版社の方からオファーをいただきました。(略)』

あとがきのこのエピソードも、いまっぽくて良い。

Twitterはそうやって盛り上がっていくべき。


『残念ながら、東大ファッション論の集中講義はあの一回きりです。
本書を読んで、ファッションの研究に興味を持ってくださった方がいらっしゃいましたら、ぜひ神戸大学へいらしてください。
お待ちしています。
二○二四年六月 緑豊かな六甲山にある、神戸大学の研究室にて
平芳裕子』

この締め、最高。

神戸大学に行きたくなる人、出てくるんじゃないでしょうか。

自分は、芝居を学びたいからと、都内の大学という選択しか頭になかったけれど。

全国の大学から選んでいいよ、と言われたら、教授や研究室を吟味して、選んでいたのかもしれない。いいな、楽しそうだなあ。

自分が選べなかった人生に、思いを馳せて。


紋佳🐻

読書